「手と思想の職人録」 noteの方が読みやすいです。https://note.com/kurashikku_work

2026-06-01 20:21:00

賃貸物件を持っている大家さんや、不動産投資をしている人にとって、修繕費はかなり大きな問題だと思います。

特に、中古物件を仕入れるとき。

 

物件価格だけを見て「安い」と思っても、実際にどれくらい直す必要があるのかによって、その物件が本当に買っていい物件なのかは変わります。

逆に、少し高いと感じる物件でも、修繕費でアドバンテージを持てるなら、採算が合うこともあります。

 

修繕の見立てができる人は、購入できる物件の選択肢が増えます。

人が手を出しにくい物件も、選択肢に入ってくる。

それは、不動産投資においてかなり大きな差になると思います。

 

今回は、中古物件の修繕費を買った後ではなく買う前から見ることと、大家さんや不動産投資家と多能工職人が組む意味について、現場側の視点で書いてみます。

 

【中古物件は、買った後ではなく買う前から修繕費を見る】

 

中古物件の怖さは、買ってから初めて分かることがある点です。

壁紙を貼り替えれば済むのか。

設備交換まで必要なのか。

床下や屋根裏に問題があるのか。

見えている部分だけの修繕で済むのか。

それとも、見えない部分に大きな欠陥が隠れているのか。

 

そこを見ないまま買ってしまうと、購入後に想定外の修繕費が出てきます。

もちろん、不動産投資において、物件を買った後に修繕費を抑えることは大事です。

 

でも本当は、買った後に業者へ見積もりを取るのではなく、買う前の段階で修繕費を見極める方が理想だと思っています。

 

その物件はいくらかければ使える建物になるのか。

その修繕費をかけた上で、いくらの家賃で貸せるのか。

周辺相場を考えたときに、入居がつく物件になるのか。

最終的に売るのか、持ち続けるのか。

 

そこまで見て、初めて適正な購入価格が見えてくるはずです。

つまり、中古物件の修繕判断は、買った後の話ではなく、買う前から始まっていると思っています。

 

【自分が古民家を買ったときに見たところ】

 

自分自身も、古い建物を購入した経験があります。

その時、内見でまず見たのは、表面のきれいさではありませんでした。

 

むしろ、表面的な汚さや古さはあまり気にしません。

汚れた壁紙、古い床材、傷んだ建具、古くなった設備などは、基本的には修繕しやすい部分です。

 

もちろん費用はかかりますが、建物自体の寿命や根本的な欠陥とは、直接関係しないことも多いです。

自分が気にするのは、もっと奥の部分です。

 

真っ先に床下に潜りました。

屋根裏も確認しました。

柱や土台の状態を見て、屋根裏に雨漏りの跡がないかも見ました。

動物が入り込んだ形跡や、寝床、糞尿の跡がないかも確認しました。

 

そして、写真を撮って、隠蔽部の状態を売主側にも報告しました。

 

なぜそこまで見るのか。

 

それは、隠れている部分にこそ、建物の価値を大きく左右する問題があるからです。

柱や土台が腐っていれば、建物としての価値は下がります。

屋根裏に雨漏りの跡があれば、屋根や外壁、構造部まで疑う必要があります。

動物が入り込んでいれば、断熱材や天井裏、衛生面、臭いの問題も出てくるかもしれません。

 

こういうことは、売主側も気づいていないことがあります。

悪意があるかどうかではなく、そもそも床下や屋根裏まで見ていないことが多いからです。

 

だから、中古物件を買うなら、表面だけではなく、見えない部分をどこまで把握できるかがかなり大事になります。

 

状態を正しく把握する。

修繕費を見積もる。

その上で採算を見る。

 

そこで初めて、「この価格なら買える」「この価格では買えない」という判断ができます。

たとえば、この価格で売ってもらえれば、修繕費をかけても利益が出せる。

だからこの金額なら買います。

 

そういう話ができれば、それが交渉価格の根拠になります。

不動産投資における修繕費は、ただの工事代ではありません。

購入価格を判断するための材料でもあります。

 

【職人の現調は、修繕費まで見る実務的な建物調査】

 

多能工に限った話ではありませんが、全体を見られる職人やリフォーム屋は、日常的に仕事の中で建物の状態を見ています。

いわゆる現地調査、現調です。

 

この現調は、一般的なホームインスペクションとは少し性質が違います。

ホームインスペクションは、第三者の立場から建物の状態を評価するものです。

それ自体には意味があります。

 

ただ、実際にどう直すのか、どこまで直すのか、いくらかかるのかという話になると、修繕費はどうしても概算になりやすいと思います。

 

一方で、職人の現調は、最初から修繕を前提に見ています。

 

雨漏りの相談があれば、天井の染みだけを見るわけではありません。

屋根裏を見ます。

外壁や屋根を見ます。

必要であれば散水テストをして、どこから水が入っているのかを調べます。

 

床が沈むという相談があれば、床の表面だけを見るわけではありません。

床下に潜ります。

土台、根太、大引、束、湿気、シロアリ被害の有無を見ます。

 

そして、どこをどう直せばいいのか、どこまで壊す必要があるのか、どこは残せるのか、工事としてどれくらいかかるのかを考えます。

 

原因が分からないまま、正確な見積もりは出せません。

表面だけを見て金額を出せば、あとから追加になる可能性が高くなります。

 

だから、ちゃんと見積もろうとすれば、自然と建物の状態をかなり具体的に見ることになります。

 

状態を見る。

原因を見る。

直し方を見る。

費用を見る。

 

そこまでつながって初めて、物件購入の判断材料になります。

中古物件を買う前に必要なのは、単なる状態確認だけではありません。

 

その建物を使える状態にするには、どこを、どう直して、いくらかかるのか。

そこまで見えることが大事だと思っています。

 

【買った後に困る理由】

 

中古物件を買ってから、いざ修繕に入ると、想定より費用がかかることがあります。

それ自体は珍しいことではありません。

 

古い建物は、開けてみないと分からないことがあります。

壊してみたら下地が悪かった。

設備を外したら配管が傷んでいた。

床をめくったら湿気や腐食があった。

壁を剥がしたら雨漏りの跡があった。

 

こういうことは普通にあります。

ただ、問題は、それをどこまで事前に想定していたかです。

 

買う前の段階で、ある程度リスクを見ていたのか。

それとも、表面的な内装費だけを見て買ってしまったのか。

 

ここで結果はかなり変わります。

 

買った後に想定外の修繕が出てくると、大家さん側はかなり苦しくなります。

修繕費が増える。

募集開始が遅れる。

家賃収入が入る時期が後ろにずれる。

場合によっては、利回りの前提が崩れる。

 

投資として見たときには、かなり大きな問題です。

だから、修繕費は買った後に考えるものではなく、買う前から見ておくものだと思っています。

 

【工事費が膨らむ理由】

 

修繕費が膨らむ理由は、単純に材料や職人代が高いからだけではありません。

現場の見方や段取りによって、無駄な工程が発生することもあります。

 

たとえば、内装、水道、電気、大工、設備、清掃。

それぞれの職人を個別に呼んで、それぞれと打ち合わせをする。

もちろん、それが必要な現場もあります。

 

でも、小規模な賃貸物件の修繕では、そこまで細かく分けることで逆にロスが出ることもあります。

 

職人が複数人になれば、それぞれの段取りが必要になります。

連絡も増えます。

現場に入る順番も調整しなければいけません。

お互いの仕事の境目も出てきます。

 

そして、それぞれの職人は基本的に自分の専門範囲を見ます。

内装屋さんは内装を見る。

設備屋さんは設備を見る。

電気屋さんは電気を見る。

大工さんは大工仕事を見る。

 

それぞれの仕事としては正しいです。

ただ、全体を見ていないと、工事内容を切り詰めきれないことがあります。

 

本当は一緒にやれば済むことを、別々に手配してしまう。

先にここを直しておけば、後の工事が楽だったのに、それを見落とす。

逆に、そこまでやらなくてもよかった工事を、安心のためにやりすぎてしまう。

 

こういうロスが積み重なると、修繕費は増えていきます。

 

現場の仕事は、前後の工程でつながっています。

職人は、基本的に次の工程のことを考えながら施工しています。

 

次に入る職人が困らないように。

仕上がりで無理が出ないように。

後工程で余計な手間が増えないように。

 

そういうことを考えて、できるだけ気を利かせた施工をします。

 

ただ、施主がいろいろな業者に分離発注している現場では、職人同士のつながりがないことも多いです。

現場で会うことすらない場合もあります。

 

そうなると、自分がどこに気を利かせたのか。

どこは現場事情で気を利かせられなかったのか。

次の工程でどこを見てほしいのか。

 

そういう引き継ぎがほとんどできません。

ここに、施工の無駄が発生します。

 

たとえば、クロス仕上げになる下地をどこまで丁寧に作るか。

一人で下地から仕上げまで施工するなら、後の工程まで自分で分かっています。

 

ここは今の段階でそこまで手間をかけなくても、後の工程でフォローすればきれいに納まる。

逆に、ここは今しっかりやっておかないと、後で余計に手間がかかる。

 

そういう判断ができます。

つまり、自分の中で前工程と後工程をつなげながら、コスパとタイパを見て施工できます。

 

でも、複数の職人がバトンタッチしながら施工する場合は、そう簡単にはいきません。

 

気を利かせる職人もいます。

あまり気を利かせない職人もいます。

気を利かせたくても、現場事情でそこまでできないこともあります。

そもそも、どこに気を利かせるべきかの感覚が、職人同士で噛み合わないこともあります。

 

結果として、かけた手間や、かけなかった手間が、効率よく連動しない。

そこに無駄が出ます。

 

本当は半日で済ませてもいい部分でも、次の職人とその場で打ち合わせできないなら、後で迷惑をかけないように余計に手をかけるしかないことがあります。

仕上がりや次工程の職人の負担を考えて、念のため一日かけて整える。

 

それは職人としては誠実な判断です。

でも、現場全体で見ると、そこに余計な費用が乗ることもあります。

 

全体の各職種の絡みを見られる人がいないと、現場は噛み合いにくくなります。

それを担えるのが、リフォーム屋のベテラン監督や、工務店の親方のような人です。

 

ただ、その人が入れば、当然その人件費もかかります。

それは必要な費用です。

むしろ、本来はそこに価値があります。

 

でも、投資用の小規模物件では、その費用まで乗せると、普通のリフォーム工事の金額になってきます。

利回りを考えると、そこが難しい。

 

では、購入者自身がその役割を担えばいいのか。

理屈としては、その方が費用を抑えられるかもしれません。

 

でも、それをやるにはプロと同じだけの工事知識が必要です。

それだけではなく、時間と労力もかなり使います。

 

各職種の仕事の流れを理解して、どこを誰に頼み、どの順番で進め、どこまでやれば十分なのかを判断しなければいけません。

職人同士を連携させる指揮も必要です。

さらに、現場ごとに状況を確認し、必要があればその場で判断を変えていく必要もあります。

 

それができなければ、工事は見込み通りに進みません。

結果的に追加費用がかかることになります。

 

つまり、大家さんが自分で修繕を管理して費用を抑えることは、簡単なようでかなり難しい。

誰でも簡単にできることではないと思っています。

 

【自分が実際にやっていること】

 

自分は、住宅リフォームの多能工職人として仕事をしています。

大工、内装、水まわり、電気、住宅設備、清掃など、住宅の中で起きる修繕を、できるだけ一人で見ています。

 

もちろん、何でもできるわけではありません。

サッシ、ユニットバス、外壁塗装、足場、業務用設備、大規模な工事など、必要に応じて専門の職人に頼むものもあります。

 

ただ、小規模な住宅修繕や、賃貸物件の入居前整備のような現場では、多能工が見られる範囲はかなり広いと思っています。

 

実際に自分は、大家さん、地主さん、会社員をしながら不動産投資をしている方などから、物件の修繕相談を受けることがあります。

現地を見て、どこを直すべきか、どこは後回しでいいか、どこまでやると採算が合わなくなるかを一緒に考える。

 

そのまま施工まで任せてもらうこともあります。

なので、これは机上の話ではありません。

自分が今まさに現場でやっていることです。

 

【多能工職人がいると何が変わるのか】

 

多能工ができることは、単に「いろいろ施工できる」ということだけではありません。

現場全体を見て、複数の工事がどうつながっているかを判断しやすいこと。

専門職を呼ぶべきところと、自分で対応できるところを分けられること。

今やるべき修繕と、今回は見送ってもいい修繕を整理しやすいこと。

 

ここに意味があります。

 

たとえば、洗面台を交換するとします。

商品だけ見れば、洗面台の交換です。

 

でも実際には、給水、給湯、排水、電源、壁や床の状態、下地、寸法、搬入経路、使う人の体格、清掃性、予算、工期などが絡みます。

 

床を貼り替えるにしても、床材だけ見ればいいわけではありません。

下地の傷み。

既存の不陸。

建具との高さ関係。

巾木との取り合い。

家具を動かせるか。

入居前なのか、入居中なのか。

 

そういうものを見ながら判断します。

 

大家さんや不動産投資家にとって、修繕費を抑えることは大事です。

でも、安くすることと、無駄を減らすことは違います。

 

見た目を整えるためにクロスを貼り替えることはよくあります。

ただ、壁の下地が傷んでいたり、結露や漏水の跡があったりするのに、表面だけきれいにしても、あとでまた問題が出るかもしれません。

 

逆に、まだ使える設備を全部新品に交換すれば、見た目は良くなります。

でも、その物件の家賃帯や入居者層、運用方針を考えたときに、そこまで費用をかける必要があるのかは別問題です。

 

修繕には、かけるべきお金と、かけなくてもいいお金があります。

ここを間違えると、利回りを守るつもりで削った修繕が、あとでトラブルを生むこともあります。

反対に、安心のためにやりすぎた修繕が、収支を圧迫することもあります。

 

だから、自分が大家さん向けの修繕で大事だと思うのは、ただ安くすることではありません。

その物件にとって、今本当に必要な修繕は何か。

どこまでやれば入居に耐えられるのか。

どこは将来のトラブル予防として手を入れた方がいいのか。

どこは今回は見送ってもいいのか。

 

そういう判断を、現場を見ながら整理することです。

 

【多能工は、大家さんにとって都合のいい便利屋ではない】

 

ここは誤解されたくないところです。

多能工は、安く何でもやってくれる便利屋ではありません。

少なくとも、自分はそういう立ち位置では仕事をしていません。

 

できることはやります。

できないことは、できないと言います。

専門職に頼んだ方がいいものは、そう伝えます。

 

無理に全部を自分で抱え込むことが、大家さんのためになるとは限らないからです。

 

大事なのは、誰がやるかではなく、現場がちゃんと納まることです。

多能工が一人で納めた方がいい現場もあります。

逆に、専門職を呼んだ方がいい現場もあります。

その判断を含めて、修繕だと思っています。

 

だから、大家さんや不動産投資家にとって多能工職人とつながる意味は、単に安く工事できることではないと思います。

現場を見て、優先順位を整理できること。

小さな修繕をまとめて相談できること。

必要な工事と不要な工事を分けられること。

買う前から、修繕費と採算を一緒に考えられること。

 

そこに価値があると思っています。

 

【増やしたいのは、単発ではなくパートナー関係】

 

ここで誤解されないように書いておくと、自分は不動産投資のプロではありません。

利回りの計算や、融資、税金、出口戦略、売買判断について、投資家の方と同じ目線で語れるわけではありません。

 

自分はあくまで、建物を見て、修繕方法を考え、実際に手を動かして直す側の人間です。

つまり、修繕のプロです。

 

だからこそ、不動産投資家や大家さんとは相性がいいのだと思っています。

 

投資家側には、物件を見る目、収支を見る目、出口を考える視点があります。

職人側には、建物の状態を見る目、修繕方法を考える視点、現場でどれくらい費用がかかるかを読む感覚があります。

 

お互いに足りない分野を補い合える。

ここに、大家さんや不動産投資家と、多能工職人が組む意味があると思っています。

 

自分が増やしていきたいのは、単発で安く使われる関係ではありません。

物件を見る段階から相談されて、修繕費や採算を一緒に考え、必要な工事を現実的に進めていく関係です。

 

大家さんや地主さん、不動産投資をしている人にとって、修繕費は利回りに直結します。

でも同時に、建物は人が住むものでもあります。

 

入居者が困るような削り方をすれば、結局あとで問題になります。

見た目だけ整えても、下地や設備に問題があれば、また修繕が必要になります。

 

だから、必要なところには手を入れる。

でも、やらなくていいところまで過剰にやらない。

 

その判断を一緒にできる関係が大事だと思っています。

 

【最後に】

 

大家さんや不動産投資家にとって、修繕費は利回りに直結する大きな問題だと思います。

でも、修繕費はただ削ればいいものではありません。

そして本当は、買った後に考えるだけでも遅いことがあります。

 

中古物件は、買う前から修繕費を見ておく必要があります。

見えている内装だけではなく、床下、屋根裏、構造、雨漏り、設備、配管、使い方、出口まで含めて考える。

そこまで見て、初めて採算が見えてくる。

 

ズブズブの関係で相談できる多能工職人がパートナーにいれば、不動産投資はかなり有利になると思います。

これは、安く使える職人を抱えるという意味ではありません。

 

物件を買う前から一緒に状態を見て、修繕費を考え、必要な工事と不要な工事を整理できる人がいるという意味です。

 

買っていい物件か。

いくらなら買える物件か。

どこまで直せば貸せる物件か。

どこまで直すと採算が合わなくなる物件か。

 

そういう判断を、現場側から一緒に考えられる人がいること。

それは、小規模オーナーにとってかなり大きな力になると思います。

 

自分は、すでにそういう形で仕事をしています。

そして、これからはその関係をもっと増やしていきたいと思っています。

 

賃貸物件の小規模修繕、原状回復、入居前整備、中古物件購入前の修繕相談などで、どこまで直すべきか迷うことがあれば、Kurashikku Workのホームページからメールでご相談ください。

 

対応エリアや内容によってできること・できないことはありますが、現場を見て、必要なところに必要な分だけ手を入れる方法を一緒に考えます。

2026-05-12 00:34:00

【本職という言葉について】

 

本職という言葉があります。

職人同士の会話でも、
「本職の大工さん」
「本職のクロス屋さん」
「本職の設備屋さん」
みたいな言い方をよくします。

 

意味は分かります。それぞれの職種に専門性があって、その道で仕事をしている人に対して「本職」と呼ぶ。それ自体を否定したいわけではありません。

ただ、住宅リフォームという仕事においては、その言葉の使い方だけでは足りないと思っています。本職という言葉を、技能だけで考えると見落とすものがあります。

 

リフォームでは、何の技能を持っているかだけでなく、どの領域を扱っているのかも、その人の本職を決める大事な要素になると思っています。

自分で言えば、本職は住宅リフォームです。

 

同じように、店舗工事を本職にしている職人もいると思います。新築工事を本職にしている職人もいる。マンション専門、戸建専門、原状回復専門、持家専門、別荘や高級住宅を扱う職人もいる。

そう考えると、本職という言葉は、職種だけではなく、どの領域に責任を持っているのかという見方でも使えるはずです。

 

自分は住宅リフォームという領域を扱う職人です。大工だけでもない。クロスだけでもない。設備だけでもない。電気だけでも、水道だけでもない。

住宅リフォームという領域を扱っている。だから、その領域においては専門でなければならないと思っています。

 

住宅リフォームは、技能単体を売る仕事ではありません。建物と暮らしの状態を扱う仕事です。

そこに住んでいる人がいて、既存の建物があって、予算があって、これからの使い方があって、過去の修繕の跡もある。それらを見ながら、どこまで手を入れるのか、どこを残すのか、何を優先するのかを判断していく。

 

その領域を扱っているなら、そこに対して本職でなければならない。自分はそう考えています。

 

【技能に対する専門性と、領域に対する専門性】

 

専門性には、いくつかの形があります。

ひとつは、一つの技能を深く掘っていく専門性です。

 

建築の現場には、いろいろな職種があります。

大工、水道屋、電気屋、内装屋、設備屋、塗装屋、左官屋、建具屋。

このあたりは、一般の人にも比較的イメージしやすいと思います。でも実際には、もっと細かく分かれています。

 

荷上げ屋、ユニットバス屋、養生屋、パテ屋、リペア屋、シール屋、サッシ屋、ボード屋、床屋、クロス屋、クリーニング屋。

建築に関わっていない人からすると、「そんな職種もあるの?」と思うものもあるかもしれません。でも現場では、それぞれが普通に専門職として存在しています。

 

さらに言えば、同じ「大工」でも一括りにはできません。

建築大工、内装大工、建具大工、家具大工、型枠大工、船大工。

今は建具大工というより、建具屋として分かれていることも多いですが、同じ大工という言葉の中でも、やっていることはかなり違います。

 

同じ電気工事士でもそうです。住宅の配線を普段からやっている人もいれば、工場やビルの電気を専門にしている人もいる。鉄道やプラントなど、まったく別の分野で電気工事をしている人もいます。

資格としては同じ電気工事士でも、住宅リフォームの現場で必要になる配線の考え方や、既存住宅の中で納める感覚とは、別の経験が必要になります。

 

つまり、現代の建築現場はかなり細分化されています。ただ、話はそこで終わりません。

細分化された職種の中でも、実際にはさらに複雑にグラデーションしています。

 

たとえばクロス屋といっても、壁紙だけを貼る人もいれば、クッションフロアやフロアタイルまで施工する人もいます。ダイノックシートのような面材のシート貼り替えまで行う人もいます。

そうなってくると、本人も「クロス屋」というより「内装屋」と名乗ることが増えてきます。

 

サッシ屋でも、サッシを作って現場に届けるところまでの会社もあれば、取り付けまで行うところもあります。

同じ〇〇屋という呼び方でも、実際に何をどこまで扱うのかは、人や会社によってかなり違います。だから、職種名だけを見ても、その人が何をどこまで扱えるのかは分かりません。

 

それぞれの職種の中で、一つの技術を深く、長く、磨いていく。これは間違いなく専門性です。職人の世界では、昔から大事にされてきたものだと思います。

仕上がりが綺麗。作業が早い。精度が高い。難しい納まりができる。

こういう専門性は、外から見ても分かりやすいです。

 

ただ、もうひとつの専門性もあります。それは、一つの領域を深く見ていく専門性です。

住宅リフォームで言えば、お客さんの希望だけを見るわけではありません。

 

仕上げ材の好みも見るし、構造や躯体の状態も見る。下地がどこまで傷んでいるのか。既存の歪みをどこまで拾うのか。予算はどこまでか。工期はどれくらい取れるのか。家具は動かせるのか。その建物の用途は何か。この先どう使っていく予定なのか。

そういうものを含めて見ていく必要があります。

 

これは、単一の技能とは別の専門性です。ただ、この専門性は外から見えにくい。

どこまで壊さないか。どこで止めるか。誰を呼ぶか。今やるべきか。むしろ、やらない方がいいか。

そういう判断は、完成した写真には写りにくいです。でも、住宅リフォームではそこがかなり大事になります。

 

一つの技術を深めることと、ひとつの領域を深めること。この二つは違います。でも、どちらも専門性です。

問題は、現代の職人の評価が、あまりにも職種や技能単位に寄りすぎていることだと思います。

 

「本職は何ですか?」と聞かれたときに、

大工です。クロスです。設備です。

と答える。

それも間違いではありません。ただ、住宅リフォームという仕事においては、それだけでは見えないものがあります。

 

住宅リフォームは、技能の集合体ではありますが、単なる技能の寄せ集めではありません。

そこには、建物があります。暮らしがあります。予算があります。時間があります。人の感情があります。将来の使い方があります。

 

それらが全部つながって、一つの現場になっています。

だから住宅リフォームを本職にするなら、一つの技能だけでなく、領域そのものを見る力が必要になります。ここに、多能工という働き方の意味が出てきます。

 

【多能工は、いろいろできる人ではない】

 

多能工というと、「いろいろできる人」と思われることが多いです。

大工もできる。クロスもできる。設備もできる。電気も少し分かる。水道も触れる。

そういう意味で使われることが多いと思います。もちろん、それも間違いではありません。

 

でも、自分の感覚では、多能工の本質はそこではありません。

多能工の価値は、できる作業の数ではなく、作業同士のつながりを読めることにあります。

 

たとえば、壁を直すときも、壁だけを見ているわけではありません。

仕上げ材だけではなく、下地の状態を見る。構造や躯体に問題がないかを見る。既存の歪みをどこまで拾うのかを見る。建具や巾木、床との取り合いを見る。窓があれば、光線の入り方で仕上がりの見え方がどう変わるかも見る。家具の配置や、そこに住む人の使い方も見る。

 

洗面台を交換するときも、商品だけを見ているわけではありません。

給水、給湯、排水の位置。壁や床の下地。電源の有無。既存配管の状態。寸法。納まり。予算。工期。使う人の体格。収納量。掃除のしやすさ。デザインの好み。水栓の形。鏡の高さ。家族構成や生活動線。その建物をこの先どれくらい使う予定なのか。

 

床を直すときも、床材だけを見ているわけではありません。

下地の傷み。既存の不陸や歪み。建具との高さ関係。段差。家具を動かせるかどうか。生活しながら工事できるのかどうか。

 

そういうものを全部見ながら、どこまで手を入れるのかを判断していく。

ひとつの作業の周辺にあるものまで見るというより、本当は、その作業が建物全体や暮らしの中でどうつながっているのかを見ているんだと思います。

 

それと、住宅リフォームでは、手を動かす技能だけではなく、施工管理者や現場監督に近い視点も必要になります。

誰が、いつ、何をするのか。どの材料を、どのタイミングで入れるのか。どこに予算をかけて、どこを抑えるのか。お客さんには何を先に伝えるべきなのか。他の職人が入るなら、どこまでを先に整えておくべきなのか。

 

現場は、技術だけで動いているわけではありません。

人、モノ、金、時間。

それらが全部絡み合って動いています。

 

だから、住宅リフォームを本職として扱うなら、ただ施工できるだけでは足りない。関わる人、使う材料、動くお金、限られた時間を相互的に見ながら、現場がちゃんと納まるように調整する力が必要になります。

この視点がないと、どれだけ手が動いても、現場全体としてはうまく進まないことがあります。

 

多能工に必要なのは、複数の作業ができることだけではなく、現場全体を一つの流れとして管理できることでもあると思っています。

だから、多能工とは、いくつもの技能を浅く集めた人ではなく、現場を分断せずに見ようとする人のことだと思っています。

住宅リフォームという領域においては、多能工であることは特殊能力ではありません。現場を分断せずに扱おうとすれば、自然とそういう形に近づいていくのだと思います。

 

【単能工には、単能工の強さがある】

 

ここまで書くと、多能工の方が良いと言いたいように見えるかもしれません。

でも、そういう話ではありません。

 

単能工には単能工の意味があります。

新築の現場。大規模現場。同じ作業を繰り返す現場。分業がきれいに成立する現場。規格化された仕事。

そういう場所では、単能工の力が必要です。

 

一つの作業を高い精度で、早く、安定して、繰り返す。これは、とても大事な能力です。

むしろ、そういう現場では多能工よりも単能工の方が強い場面がたくさんあります。同じ作業を深く積み重ねてきた人にしか出せない精度や速さがあります。

細かく分業された現場では、その専門性が全体の品質とスピードを支えています。

 

社会が大きくなっていく中で、効率化や規格化や工業化は必要でした。

家をたくさん建てる。短い工期で仕上げる。一定の品質を保つ。価格を抑える。管理しやすくする。

そのためには、仕事を分ける必要があります。

 

そうやって職種を細かく分けて、それぞれが自分の担当をこなしていく。これは、時代が作ってきた仕組みです。

単能工は、分業化された社会を支えてきた職人の形だと思います。そこには確かに意味がありました。

というより、それがなければ成立しなかった時代があったし、これからもその専門性が必要な現場はなくならないと思っています。

 

ただし、住宅リフォームという領域で考えると、話は少し変わります。

住宅リフォームの現場は、新築のようにきれいに分業できないことが多いです。

既存の建物があります。そこに住んでいる人がいます。古い材料があります。図面通りではない納まりがあります。前の誰かが直した跡があります。予算も限られています。工期も限られています。

 

その中で、「自分の職種以外は分かりません」という姿勢だけでは、対応しきれない場面が増えていきます。

これは単能工が悪いという話ではなく、住宅リフォームという仕事の性質と合っているかどうかの話です。

 

【専門性を深めることと、閉じてしまうことは違う】

 

単能工として生きることにも、いくつかの形があると思っています。

一つの技能を深めるために、あえて領域を絞る人がいます。

 

他職種との絡みも理解している。現場全体も読める。その上で、自分はこの技能で勝負すると決めている。

これは強いです。

多能工も理解した上で、あえて一本に絞っている。この場合の単能工は、かなり強いと思います。

 

一方で、注意が必要なのは、自分の職種の外側をまったく見ないまま、それを専門性だと思ってしまうことです。

自分の職種以外は分からない。他職種との絡みに関心を持たない。現場全体を見る習慣がない。

こうなると、住宅リフォームの現場では厳しくなる場面が増えると思います。

 

自分が厳しいと思っているのは、単能工そのものではありません。専門性を深めることと、見ている範囲が狭いままでいることは違うと思っています。

一つの技能だけで勝負するなら、それこそ相当な強さが必要です。

安い。早い。上手い。対応力がある。段取りも読める。他職種との絡みも分かる。

 

そこまであって初めて、単能工として成立すると思っています。

ただ職種名として「本職」と呼ばれているだけでは、これからの住宅リフォームの現場では通用しにくくなると思います。

 

これは少し冷たい言い方かもしれません。

でも、時代の流れとしては、自分の職種だけに閉じたままでは、専門性ではなく視野の狭さとして見られる場面が増えていくと思っています。

 

【住宅リフォームで求められる本職性】

 

職人の技能というものは、深めようと思えばいくらでも深められます。

クロスひとつでもそうです。大工仕事ひとつでもそうです。設備や電気や水道もそうです。

上には上がいます。

 

ただ、住宅リフォームの現場で毎回、最高難度の技能が必要かというと、必ずしもそうではありません。

現場で求められるのは、その現場に必要な品質を、必要な範囲で、きちんと納めることです。

過剰な技能よりも、その現場に必要な判断ができること。ここがかなり大事です。

 

どこまで壊すのか。どこまで残すのか。どこを応急にするのか。どこはちゃんとやり直すべきなのか。どの材料なら納まるのか。どの順番で進めれば、住んでいる人に負担が少ないのか。今この家に、どこまでお金をかけるべきなのか。

こういう判断は、ひとつの職種だけ見ていても身につきにくいです。

 

住宅リフォームという領域全体を見ているから分かることがあります。

だから、多能工が単能工より浅い、という見方はかなり雑だと思っています。

 

多能工として20年住宅リフォームをやってきた職人が貼るクロスと、クロス屋として3年目の職人が貼るクロス。どちらが本職らしい仕事をするのかは、職種名だけでは判断できません。

もちろん、専門職として長く積み上げてきた人の技術には、簡単には届かない領域があります。そこは間違いありません。

 

ただ、住宅リフォームで求められる本職性は、技術の深さだけでは決まりません。

領域を見られるか。関係性を見られるか。最後まで納められるか。

そこまで含めて考える必要があります。

 

【現場は、バトンで完成していく】

 

現場は、一人の仕事だけで完成するわけではありません。

単能工であっても、多能工であっても、そこは同じです。

大事なのは、施工のバトンがスムーズに渡っていくことです。

 

たとえば、洗面所のリフォームでもそうです。

解体をして、下地を確認する。必要なら大工が下地を直す。給水、給湯、排水の位置を設備側で調整する。電源が必要なら電気工事をする。壁や床の下地を整える。クロスや床材を仕上げる。最後に洗面台を据えて、給排水を接続して、使える状態にする。

 

一見すると、それぞれ別々の作業に見えます。でも実際には、全部つながっています。

下地の位置が分かっていなければ、洗面台がしっかり固定できない。給排水の位置が合っていなければ、商品が納まらない。電源の位置を考えていなければ、使い勝手が悪くなる。床や壁の仕上げの厚みを見ていなければ、見切りや納まりが合わない。

 

ひとつの工程で少しズレたものは、次の工程にそのまま渡されます。

そのズレを次の職人が無理に吸収する。さらにその次の職人が、別のところで辻褄を合わせる。

そうやって皺寄せが積み重なっていくと、最終的には誰か一人が責任を負えるような問題ではなくなります。

 

しかも現場には、予算も工期もあります。

材料の手配もある。お客さんの生活もある。住みながら工事していることもある。

だから、簡単に「じゃあやり直しましょう」とは言えません。

 

現場は、各工程がバラバラに良ければ完成するわけではありません。

前の工程が次の工程を考えていること。次の工程が前の工程の意図を受け取れること。全体を見て、どこで何を整えるべきか判断できること。

そういうバトンの渡し方が、現場全体の出来を大きく左右します。

 

ただ、本来で言えば、このバトン全体を見ている人が必要です。

施工だけではなく、設計、段取り、材料、予算、工期、お客さんへの説明。

それらを全部理解した上で、誰に何を頼み、どの順番で進め、どこで何を判断するのかを統括できる人です。

 

今で言えば、現場監督や施工管理者に近い立場です。

本来なら、その人が現場全体の流れを見て、各職人の仕事が噛み合うように調整する必要があります。

 

でも実際の現場では、そこまで見られる現場監督はなかなかいません。

これは、現場監督個人の能力だけの問題ではないと思っています。現場そのものが細かく分業化されすぎていて、監督自身も全体を一通り経験する機会が少なくなっているからです。

 

大工の納まりも、設備の逃げも、電気の配線も、内装の仕上げも、既存住宅の歪みも、住みながら工事する段取りも、全部を身体感覚として理解するには、かなりの経験が必要です。

でも今の仕組みでは、監督も図面、工程、発注、連絡、クレーム対応、書類、予算管理に追われやすい。

現場の細かい納まりや、次工程への皺寄せまで見切れないことも多いと思います。

 

だからこそ、職人側にも前後工程を見る力が必要になります。

自分の作業だけを終わらせるのではなく、その仕事が次にどう渡されるのかを見る。そして、現場全体として納まらないと思ったら、職人側からも止める、確認する、提案する。

そういう動きがないと、住宅リフォームの現場はうまく回らないことがあります。

 

だから、単能工か多能工かだけを見ても足りないのだと思います。

単能工であっても、次の職種の仕事を理解している人は強い。多能工であっても、全体の流れを見ずに自分の作業だけで終わってしまえば意味がない。

大事なのは、自分の仕事が次にどうつながるのかを見ているかどうかです。

住宅リフォームでは、その視点がかなり大事になります。

 

【結局、どちらが正しいという話ではない】

 

ここまで書いてきて思うのは、結局、どちらか一つが正しいという話ではないということです。

多能工も必要です。単能工も必要です。

一人で広く見る力が必要な現場もある。専門職を集めて、それぞれの力を借りないと納まらない現場もある。

 

大事なのは、多能工か単能工かの二択ではなく、その現場に必要な力をどう組み合わせるかだと思っています。

そして、その組み合わせを現場として成立させるには、全体を見て判断する人が必要です。

ただ職人を集めれば、自然に現場が納まるわけではありません。

それぞれの仕事がどうつながるのか。どこで判断が必要なのか。何を優先し、何を調整するのか。

そういう全体の流れを見て、一つの仕事として納める視点が必要になります。

 

多能工でいくか、単能工でいくか。

これは単なる働き方の好みではなくなってきています。でも、どちらか一方を選べばいいという単純な話でもありません。

単能工として深く掘るなら、自分の専門性が現場全体の中でどう活きるのかを見る必要がある。

多能工として広く見るなら、自分が何でもできるわけではないことを分かって、必要なところは専門職に頼む必要がある。

 

結局、どちらにも必要なのは、自分の仕事が他の仕事や現場全体とどうつながっているのかを見ることなんだと思います。

その中で自分は、住宅リフォームという領域を本職として、関係性を見て、現場全体を扱える職人でありたい。

今のところ、自分はそう考えています。

2026-04-23 23:22:00

ナフサの影響が、もう現場に出ています。これから影響が出る状況ではなくて、もう既に出ている。材料の値上がりというレベルの話ではなくて、仕事そのものの前提が崩れ始めています。

 

実際に起きていることを書きます。

 

トイレのリフォームを受注しました。契約前日の時点で、商品の在庫も確認できていて、仕入値も把握していた。翌日の商談で受注して、そのまま問屋に発注をかけたら、メーカー在庫欠品、入荷目処未定という返答でした。

 

一晩で在庫が消えています。

 

施主には、待つか、キャンセルするか、商品を選び直すかの判断をお願いするしかない。でも仮に待ったとしても、入荷時点の時価での仕入になる可能性が高く、見積もりの前提は成立しない。場合によっては逆鞘になる。

 

ただ今回は、契約前にそのリスクを共有できていません。だから追加請求はできない。こちらで負担するしかない。

 

結果的には、店舗を何件か回って店頭在庫を見つけて直接買い付けて商品を確保しました。ただ、その時点で仕入コストは上がっていて、利益は削られています。

 

「在庫はある」という前提が、一晩で崩れました。

 

別の現場の話です。

 

来月は、すでにたくさんの現場で予定がパンパンに埋まっています。ただ、その日程は全部「このくらいには材料が入るだろう」という見込みで組んでいます。

 

そして今は、トイレやUB、キッチンのような住設だけじゃなくて、塗料、クロス、配管材、養生材みたいな副資材まで含めて、納期未定のものが増えています。問屋に発注しても納期回答が得られないから、ホームセンターやプロショップの陳列棚からも日に日に商品が消えて入荷待ちとなっています。

 

建設業は工程の順序があります。配管材が入らなければ、その後の内装や住設には進めない。仮に住設だけ先に仕入れて着工しても、配管材が足りなければ完工できない。その場合、売上は立たないのに仕入れの支払いだけが先に来る。

 

これが複数現場で同時に起きたら、普通に資金が回らなくなります。

 

一件の遅れで済む話ではなくて、ひとつズレると他の現場も連鎖して崩れる。いまはそういう状態です。

 

どうすればいいのか。

 

正直、現時点では明確な打ち手はありません。

 

ただ、構造としてはコロナ初期にかなり近いと感じています。情報が錯綜していて、何が正しいのか分からない。先が読めない。明確な方針もない。

 

違うのは、今回はすでに生活に直結する影響が出ている状態で始まっていることです。

 

待つか、動くか、止めるか。

 

判断はすべて自分に返ってきます。

 

ここで分かれるのは、自分がコントロールできることと、できないことです。世界情勢はどうにもならない。でも、その中でどんな前提で仕事を受けるか、どこまで引き受けるかは自分で決めるしかない。

 

今まで通りの前提で見積もりを出して仕事を受けるやり方は、もう通用しないと思っています。

 

資材高騰の話は、今回が初めてではありません。

 

ここ数年を振り返ると、2020年のコロナをきっかけに物流や生産が不安定になり、2021年にはいわゆるウッドショックで木材が急騰しました。その後も2022年以降は資材全体の価格上昇と円安が重なって、仕入コストは上がり続けています。

 

その流れの中で、すでに持たなくなっている業者は実際に出ています。

 

今回のナフサショックは、それとは別の原因で起きているものですが、結果としては同じ方向に作用しています。これまで積み重なってきた不安定な状態に、さらにもう一段負荷がかかっている状況です。

 

この流れの延長で考えれば、採算割れや資金ショートで持たなくなる業者は確実に増えていくと思っています。仕事はあるのに回らない、完工できない、支払いだけが先に来る。そういう崩れ方が広がっていくのは時間の問題だと感じています。

 

間も無く、建設業だけでなく他のサービス業にも影響が広がって、あらゆる業種で営業そのものが難しくなるところも出てくると思います。

 

この状況が一時的なのか、長引くのか、それともこの状況が当たり前の世の中になるのかは分かりません。

 

でも、目の前の生活がかかっているから、分からないままでも動くしかない。

 

遠い場所で起きていることが、今は目の前の現場と生活に直結している。仕事の受け方も見積もりの出し方も組み直す必要があると感じています。

 

自分は、曖昧な前提のまま仕事は受けません。納期や価格が読めないものは、そのリスクを最初から共有した上で引き受けるか、成立しないと判断すれば断ります。不確定な前提のまま引き受けて、あとから調整するやり方は、いまの状況では成立しないと思っています。

 

これから状況がどう転ぶかは分からないですが、仕事も生活も、関わる人との深い対話と、強いパートナーシップが求められる時代になっていると感じます。

2026-04-05 01:17:00

DIYでやるか、プロに頼むか。


ここ数年で、お客さんに相談されたり、
話題に出ることが多くなってきました。


結論から言うと、


DIYとプロは、
やっていることが同じに見えて、
中身は全く別のものです。


例えば、水栓交換。


うまくいけば、30分で終わる作業です。


実際、DIYで問題なく交換できるケースも多いと思います。


だから、


「これなら自分でできるじゃん」


そう思うのも、全然おかしくないです。


でも、ここにひとつ大きなズレがあります。


現場って、
何も起きなければ簡単なんです。


問題は、


“何かが起きた時”です。


水栓交換でも、


・固着して外れない
・配管が劣化していて折れる
・止水できない
・サイズや規格が微妙に合わない


こういうこと、普通にあります。


その場合、30分の作業が、


平気で3時間、4時間かかる工事になります。


DIYだと、こういう状況に出くわす確率は低いです。


だからこそ、


「意外と簡単だった」


という体験になりやすい。


でも、プロは違います。


何百件、何千件とやっていると、


そういう“ハマる現場”には、必ず定期的に出くわします。


これは、運が悪いとかじゃないです。


普通に起こることです。


そして、


そういう時にどうするか。


ここが、DIYとプロの決定的な違いです。


プロは、


どんな状態でも、終わらない現場はないと分かっています。
対処するための引き出しも、経験もあります。


一方で、


DIYレベルの経験だと、
そこで止まる可能性が高いです。


しかも、内容によっては普通に危険です。


電気、水道、ガス。


このあたりは、


最悪、事故や賠償に繋がる領域です。


プロは、


そういうリスクと隣り合わせの状態が“平常運転”です。


この差は、かなり大きいです。


なので、


DIYが悪いという話ではなくて、


領域の見極めが必要なんだと思っています。


内装仕上げのように、


失敗しても中断したり、やり直しできたりするものは、DIYでやってみてもいいと思います。


でも、


大工、電気、水道、ガス。


このあたりは、


やるならそれなりの覚悟が必要です。


「できるかどうか」じゃなくて、


“何か起きた時に対処できるか”


ここで判断した方がいいです。



ここから、施主支給の話です。


これも最近かなり増えています。


結論から言うと、


成り立つケースもありますが、


前提の理解がないと、結構危険です。


よくあるのが、


「商品は自分で買うので、取付だけお願いします」


というパターン。


これ、一見シンプルなんですが、


実際はそんなに単純じゃないです。


例えば、エアコン。


量販店で買って、


いざ工事当日。


「これ、取り付けできません」


これ、普通にあります。


物理的に無理というより、


追加工事をしないと成立しない、という意味です。


・配管のルートが取れない
・穴位置が合わない
・電源条件が違う


こういうことは、珍しくないです。


なぜ起きるかというと、


商品選定の段階で、


現場条件を踏まえた判断がされていないからです。


プロは、


商品を選ぶ時点で、


・現場に納まるか
・必要な工事は何か
・予算とのバランス


ここまで全部見ています。


だから、


リフォームで選べる商品って、実は結構限定されます。


条件を全部クリアできるものだけを、絞っているからです。


施主支給を成立させるには、


これと同じレベルの判断が必要になります。


・図面を読める
・現場を想像できる
・工事工程を組める


ここまでできて、初めて成立します。


逆に言うと、


ここが抜けた状態で施主支給をすると、


・追加工事が発生して高くなる
・そもそも取付できない
・余計な手間が増える


こういうことが普通に起こります。


結構な確率でハマります。


ここも、ひとつ大事なことがあります。


親切な業者であれば、
事前に施主支給のリスクはちゃんと説明してくれます。


できればやめた方がいい、という話も含めて。


一方で、


あとから施主側に責任や負担を求めてくるケースも、
実際かなり多いです。


施主支給は、


ちゃんと打ち合わせをして、
どこまでを誰が持つのかを整理した上で契約しないと、


普通にトラブルになります。


内容をちゃんと知ると分かるんですが、


施主支給って、
実はそこまでメリットがある話でもないです。


極端に言えば、


プロと同じレベルで判断や段取りができるなら、
その分安くなる、というだけの話です。


逆にそこができない場合は、


結果的に高くついたり、
余計な負担が増えることの方が多いと思います。


ここ、実際にあった話です。


床材とクロスの張り替えで、


「余っている材料があるので、施主支給でやってほしい」
というご相談がありました。


数量は足りている、という前提で、
現調やその事前確認の手間を差し引いて、少し安く引き受ける形です。
問題なく終われば工賃も材料も安く納まり、良いかたちで終わる現場でした。


結果として、材料自体は足りていました。


ただ、


プロの感覚でいうと、
“足りていない状態”でした。


どういうことかというと、


材料って、ただ枚数が足りていればいいわけじゃなくて、


割り付けやカットロス、
多少のミスも含めて、余裕を持って用意するのが前提なんです。


それがギリギリだと、


納めるために無理な加工が必要になったり、
割り付けをかなりシビアに計算しないといけなくなる。


結果的に、


1日で終わる想定だった工事が、終わらなくなりました。


こちらとしては、


追加で半日分の人工をいただけないか相談したんですが、


そこがトラブルになりました。


最終的には、


仕上がりを崩すわけにもいかないので、
追加はいただかずに対応しましたが、


取引はそれきりになりました。


あとから思うと、


事前のすり合わせが足りなかったとも思います。


ただ、


そこまで踏み込んで事前に確認するなら、


その分のプランニングや判断の手間は、
結局どこかに乗ってきます。


つまり、


施主支給にしたからといって、


大きく安くなるわけではない、ということです。


こういうズレって、


材料だけじゃなくて、


「素取り替えのつもりが、実際は配管の切り回しが必要だった」


みたいな形でも、普通に起こります。



DIYも、施主支給も、


やってはいけないとは思っていません。


ただ、


どこまでを自分で引き受けるのか。


そこを考えずにやると、


ただの運任せになります。


それは、


あまりおすすめできないです。


やるなら、


コストカット目的ではなくて、
趣味やこだわりのカスタマイズとしてやった方がいいと思っています。


そのための対価を支払う前提で、
プロに相談したり、監督してもらう形を取る。


その方が、結果的に安全ですし、
無駄な遠回りもしなくて済みます。


施主支給やDIYは、


コストカットのための選択肢ではないと、
僕は思っています。

2026-04-04 00:03:00

正解って、なんなんだろうなって、最近よく思っています。

 

現場でもよく聞かれます。これで合ってますか、とか。このやり方が正解ですか、とか。

 

自分も、昔はかなりそういうのを気にしていました。なるべく正しい方を選びたいし、変なことはしたくないし、遠回りもしたくない。だから、正解を知ってから動きたい、みたいな感覚がありました。

 

でも、やっているうちに、なんか違うなと思うことが増えてきて。

 

その時はこれが正解だと思ってやったことが、あとから見ると全然違ったりします。別の現場では通用しなかったり、人が変わると評価がひっくり返ったりする。

 

さっきまで正しかったはずなのに、っていう感覚になることがあるんですよね。

 

例えば、あるやり方でうまくいったとしても、条件が少し変わるだけで全然ダメになることもあるし、逆に、あまり良くないと思っていた方法が、あとから見ると一番良かった、みたいなこともある。

 

そういうのを何回も見ていると、

 

正解って、最初から決まってるものではないと思っています。少なくとも、自分が見てきた中では、そういうものには一度も出会っていません。

 

なんていうか、あとから「それが正解だった」って言われてるだけで、その時は誰も分かってなかったんじゃないか、みたいな感覚があります。

 

例えば、少し極端な話かもしれませんが、戦争に正解はあるのか、とか。どちらが正しいのか、とか。こういう問いに、はっきり答えを出せる人って、本当にいるんでしょうか。

 

時代背景や経緯、関わった人それぞれの立場や事情まで辿っていくと、単純に正しいか、間違っているかでは分けきれない気がします。

 

殺人事件もそうです。もちろん、やってはいけないことだという前提はある。でも、その背景に何があったのかまで含めて考えた時に、それを一言で正解・不正解と切り分けることに、少し引っかかることがあります。

 

法律やルールや常識も、絶対的なもののように見えて、時代や場所によって変わっていくものです。そういうものの上で判断されていることが、一律に変わらない正解と言い切れるのか。

 

自分は、まだよく分かっていません。

 

というか、正解という言葉は、そんな万能に使える言葉じゃなくて、かなり限定的なことにしか使えないものなんじゃないかと感じています。例えば、1+1=2。はい正解、みたいな。

 

そういう、答えが最初から決まっているものに対しては使えるけど、現実の中で起きていることに対して、同じ感覚で「正解」を当てはめようとすると、どこか無理が出てくる。

 

それでも、人は正解を欲しがるし、正解がある前提で考えることに慣れている気がします。

 

学校でも、仕事でも、評価されるのは「正しく答えたかどうか」で、考えた過程よりも答えの方が重く見られることが多い。だから、正解を知ろうとするし、外さないように動くし、できるだけ間違えないルートを選ぼうとする。

 

それ自体は悪いことではないと思います。効率もいいし、安心もできる。

 

でも、そのまま続けていくと、気づいたら、自分で考えなくても生きていける状態になることもある。

 

選ぶことには慣れているけど、決めることには慣れていない、みたいな。これって、少し怖いなと思います。

 

用意された選択肢の中から選び続けることと、何もないところから自分で決めることは、似ているようで全然違うので。

 

正解を外したくないという気持ちが強くなると、そもそも選ばなくなることもある。失敗しそうならやらない、とか。間違えそうなら手を出さない、とか。

 

それって、間違えていないように見えて、何も起きていないだけなんじゃないか、と思うこともあります。

 

自分の中では、迷いながら選んだこととか、うまくいかなかったことの方が、後から残っていることが多いです。その時は間違いだったと思っていても、あとから見たら、あれがあったから今がある、と思えることがある。

 

逆に、その時「正解っぽいもの」を選んだことの方が、何も残っていないこともあります。

 

そう考えると、正解かどうかよりも、どう向き合ったかの方が大事なんじゃないかと思っています。

 

ちゃんと考えたか。ちゃんと迷ったか。ちゃんと選んだか。

 

その積み重ねが、あとから自分の中で「これでよかったのかもしれない」と思えるものになるだけで、最初から正解があったわけではないのかもしれません。

 

だから、正解を探すな、という話ではなくて、正解を前提にしすぎない方がいいんじゃないか、という感覚です。

 

分からないまま考えるとか、決まっていない中で選ぶとか、そういうのを避けないこと。その方が、遠回りに見えるかもしれないけど、あとからちゃんと、自分の足で立てるようになる気がしています。

 

もし、人類が誕生してから今まで、ずっと変わらない正解があるなら、自分も知りたいです。

 

でも、今のところは、まだ見つかっていません。

 

だから、今日も、分からないまま考えています。

1 2 3 4 5