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2026-05-12 00:34:00

【本職という言葉について】

 

本職という言葉があります。

職人同士の会話でも、
「本職の大工さん」
「本職のクロス屋さん」
「本職の設備屋さん」
みたいな言い方をよくします。

 

意味は分かります。それぞれの職種に専門性があって、その道で仕事をしている人に対して「本職」と呼ぶ。それ自体を否定したいわけではありません。

ただ、住宅リフォームという仕事においては、その言葉の使い方だけでは足りないと思っています。本職という言葉を、技能だけで考えると見落とすものがあります。

 

リフォームでは、何の技能を持っているかだけでなく、どの領域を扱っているのかも、その人の本職を決める大事な要素になると思っています。

自分で言えば、本職は住宅リフォームです。

 

同じように、店舗工事を本職にしている職人もいると思います。新築工事を本職にしている職人もいる。マンション専門、戸建専門、原状回復専門、持家専門、別荘や高級住宅を扱う職人もいる。

そう考えると、本職という言葉は、職種だけではなく、どの領域に責任を持っているのかという見方でも使えるはずです。

 

自分は住宅リフォームという領域を扱う職人です。大工だけでもない。クロスだけでもない。設備だけでもない。電気だけでも、水道だけでもない。

住宅リフォームという領域を扱っている。だから、その領域においては専門でなければならないと思っています。

 

住宅リフォームは、技能単体を売る仕事ではありません。建物と暮らしの状態を扱う仕事です。

そこに住んでいる人がいて、既存の建物があって、予算があって、これからの使い方があって、過去の修繕の跡もある。それらを見ながら、どこまで手を入れるのか、どこを残すのか、何を優先するのかを判断していく。

 

その領域を扱っているなら、そこに対して本職でなければならない。自分はそう考えています。

 

【技能に対する専門性と、領域に対する専門性】

 

専門性には、いくつかの形があります。

ひとつは、一つの技能を深く掘っていく専門性です。

 

建築の現場には、いろいろな職種があります。

大工、水道屋、電気屋、内装屋、設備屋、塗装屋、左官屋、建具屋。

このあたりは、一般の人にも比較的イメージしやすいと思います。でも実際には、もっと細かく分かれています。

 

荷上げ屋、ユニットバス屋、養生屋、パテ屋、リペア屋、シール屋、サッシ屋、ボード屋、床屋、クロス屋、クリーニング屋。

建築に関わっていない人からすると、「そんな職種もあるの?」と思うものもあるかもしれません。でも現場では、それぞれが普通に専門職として存在しています。

 

さらに言えば、同じ「大工」でも一括りにはできません。

建築大工、内装大工、建具大工、家具大工、型枠大工、船大工。

今は建具大工というより、建具屋として分かれていることも多いですが、同じ大工という言葉の中でも、やっていることはかなり違います。

 

同じ電気工事士でもそうです。住宅の配線を普段からやっている人もいれば、工場やビルの電気を専門にしている人もいる。鉄道やプラントなど、まったく別の分野で電気工事をしている人もいます。

資格としては同じ電気工事士でも、住宅リフォームの現場で必要になる配線の考え方や、既存住宅の中で納める感覚とは、別の経験が必要になります。

 

つまり、現代の建築現場はかなり細分化されています。ただ、話はそこで終わりません。

細分化された職種の中でも、実際にはさらに複雑にグラデーションしています。

 

たとえばクロス屋といっても、壁紙だけを貼る人もいれば、クッションフロアやフロアタイルまで施工する人もいます。ダイノックシートのような面材のシート貼り替えまで行う人もいます。

そうなってくると、本人も「クロス屋」というより「内装屋」と名乗ることが増えてきます。

 

サッシ屋でも、サッシを作って現場に届けるところまでの会社もあれば、取り付けまで行うところもあります。

同じ〇〇屋という呼び方でも、実際に何をどこまで扱うのかは、人や会社によってかなり違います。だから、職種名だけを見ても、その人が何をどこまで扱えるのかは分かりません。

 

それぞれの職種の中で、一つの技術を深く、長く、磨いていく。これは間違いなく専門性です。職人の世界では、昔から大事にされてきたものだと思います。

仕上がりが綺麗。作業が早い。精度が高い。難しい納まりができる。

こういう専門性は、外から見ても分かりやすいです。

 

ただ、もうひとつの専門性もあります。それは、一つの領域を深く見ていく専門性です。

住宅リフォームで言えば、お客さんの希望だけを見るわけではありません。

 

仕上げ材の好みも見るし、構造や躯体の状態も見る。下地がどこまで傷んでいるのか。既存の歪みをどこまで拾うのか。予算はどこまでか。工期はどれくらい取れるのか。家具は動かせるのか。その建物の用途は何か。この先どう使っていく予定なのか。

そういうものを含めて見ていく必要があります。

 

これは、単一の技能とは別の専門性です。ただ、この専門性は外から見えにくい。

どこまで壊さないか。どこで止めるか。誰を呼ぶか。今やるべきか。むしろ、やらない方がいいか。

そういう判断は、完成した写真には写りにくいです。でも、住宅リフォームではそこがかなり大事になります。

 

一つの技術を深めることと、ひとつの領域を深めること。この二つは違います。でも、どちらも専門性です。

問題は、現代の職人の評価が、あまりにも職種や技能単位に寄りすぎていることだと思います。

 

「本職は何ですか?」と聞かれたときに、

大工です。クロスです。設備です。

と答える。

それも間違いではありません。ただ、住宅リフォームという仕事においては、それだけでは見えないものがあります。

 

住宅リフォームは、技能の集合体ではありますが、単なる技能の寄せ集めではありません。

そこには、建物があります。暮らしがあります。予算があります。時間があります。人の感情があります。将来の使い方があります。

 

それらが全部つながって、一つの現場になっています。

だから住宅リフォームを本職にするなら、一つの技能だけでなく、領域そのものを見る力が必要になります。ここに、多能工という働き方の意味が出てきます。

 

【多能工は、いろいろできる人ではない】

 

多能工というと、「いろいろできる人」と思われることが多いです。

大工もできる。クロスもできる。設備もできる。電気も少し分かる。水道も触れる。

そういう意味で使われることが多いと思います。もちろん、それも間違いではありません。

 

でも、自分の感覚では、多能工の本質はそこではありません。

多能工の価値は、できる作業の数ではなく、作業同士のつながりを読めることにあります。

 

たとえば、壁を直すときも、壁だけを見ているわけではありません。

仕上げ材だけではなく、下地の状態を見る。構造や躯体に問題がないかを見る。既存の歪みをどこまで拾うのかを見る。建具や巾木、床との取り合いを見る。窓があれば、光線の入り方で仕上がりの見え方がどう変わるかも見る。家具の配置や、そこに住む人の使い方も見る。

 

洗面台を交換するときも、商品だけを見ているわけではありません。

給水、給湯、排水の位置。壁や床の下地。電源の有無。既存配管の状態。寸法。納まり。予算。工期。使う人の体格。収納量。掃除のしやすさ。デザインの好み。水栓の形。鏡の高さ。家族構成や生活動線。その建物をこの先どれくらい使う予定なのか。

 

床を直すときも、床材だけを見ているわけではありません。

下地の傷み。既存の不陸や歪み。建具との高さ関係。段差。家具を動かせるかどうか。生活しながら工事できるのかどうか。

 

そういうものを全部見ながら、どこまで手を入れるのかを判断していく。

ひとつの作業の周辺にあるものまで見るというより、本当は、その作業が建物全体や暮らしの中でどうつながっているのかを見ているんだと思います。

 

それと、住宅リフォームでは、手を動かす技能だけではなく、施工管理者や現場監督に近い視点も必要になります。

誰が、いつ、何をするのか。どの材料を、どのタイミングで入れるのか。どこに予算をかけて、どこを抑えるのか。お客さんには何を先に伝えるべきなのか。他の職人が入るなら、どこまでを先に整えておくべきなのか。

 

現場は、技術だけで動いているわけではありません。

人、モノ、金、時間。

それらが全部絡み合って動いています。

 

だから、住宅リフォームを本職として扱うなら、ただ施工できるだけでは足りない。関わる人、使う材料、動くお金、限られた時間を相互的に見ながら、現場がちゃんと納まるように調整する力が必要になります。

この視点がないと、どれだけ手が動いても、現場全体としてはうまく進まないことがあります。

 

多能工に必要なのは、複数の作業ができることだけではなく、現場全体を一つの流れとして管理できることでもあると思っています。

だから、多能工とは、いくつもの技能を浅く集めた人ではなく、現場を分断せずに見ようとする人のことだと思っています。

住宅リフォームという領域においては、多能工であることは特殊能力ではありません。現場を分断せずに扱おうとすれば、自然とそういう形に近づいていくのだと思います。

 

【単能工には、単能工の強さがある】

 

ここまで書くと、多能工の方が良いと言いたいように見えるかもしれません。

でも、そういう話ではありません。

 

単能工には単能工の意味があります。

新築の現場。大規模現場。同じ作業を繰り返す現場。分業がきれいに成立する現場。規格化された仕事。

そういう場所では、単能工の力が必要です。

 

一つの作業を高い精度で、早く、安定して、繰り返す。これは、とても大事な能力です。

むしろ、そういう現場では多能工よりも単能工の方が強い場面がたくさんあります。同じ作業を深く積み重ねてきた人にしか出せない精度や速さがあります。

細かく分業された現場では、その専門性が全体の品質とスピードを支えています。

 

社会が大きくなっていく中で、効率化や規格化や工業化は必要でした。

家をたくさん建てる。短い工期で仕上げる。一定の品質を保つ。価格を抑える。管理しやすくする。

そのためには、仕事を分ける必要があります。

 

そうやって職種を細かく分けて、それぞれが自分の担当をこなしていく。これは、時代が作ってきた仕組みです。

単能工は、分業化された社会を支えてきた職人の形だと思います。そこには確かに意味がありました。

というより、それがなければ成立しなかった時代があったし、これからもその専門性が必要な現場はなくならないと思っています。

 

ただし、住宅リフォームという領域で考えると、話は少し変わります。

住宅リフォームの現場は、新築のようにきれいに分業できないことが多いです。

既存の建物があります。そこに住んでいる人がいます。古い材料があります。図面通りではない納まりがあります。前の誰かが直した跡があります。予算も限られています。工期も限られています。

 

その中で、「自分の職種以外は分かりません」という姿勢だけでは、対応しきれない場面が増えていきます。

これは単能工が悪いという話ではなく、住宅リフォームという仕事の性質と合っているかどうかの話です。

 

【専門性を深めることと、閉じてしまうことは違う】

 

単能工として生きることにも、いくつかの形があると思っています。

一つの技能を深めるために、あえて領域を絞る人がいます。

 

他職種との絡みも理解している。現場全体も読める。その上で、自分はこの技能で勝負すると決めている。

これは強いです。

多能工も理解した上で、あえて一本に絞っている。この場合の単能工は、かなり強いと思います。

 

一方で、注意が必要なのは、自分の職種の外側をまったく見ないまま、それを専門性だと思ってしまうことです。

自分の職種以外は分からない。他職種との絡みに関心を持たない。現場全体を見る習慣がない。

こうなると、住宅リフォームの現場では厳しくなる場面が増えると思います。

 

自分が厳しいと思っているのは、単能工そのものではありません。専門性を深めることと、見ている範囲が狭いままでいることは違うと思っています。

一つの技能だけで勝負するなら、それこそ相当な強さが必要です。

安い。早い。上手い。対応力がある。段取りも読める。他職種との絡みも分かる。

 

そこまであって初めて、単能工として成立すると思っています。

ただ職種名として「本職」と呼ばれているだけでは、これからの住宅リフォームの現場では通用しにくくなると思います。

 

これは少し冷たい言い方かもしれません。

でも、時代の流れとしては、自分の職種だけに閉じたままでは、専門性ではなく視野の狭さとして見られる場面が増えていくと思っています。

 

【住宅リフォームで求められる本職性】

 

職人の技能というものは、深めようと思えばいくらでも深められます。

クロスひとつでもそうです。大工仕事ひとつでもそうです。設備や電気や水道もそうです。

上には上がいます。

 

ただ、住宅リフォームの現場で毎回、最高難度の技能が必要かというと、必ずしもそうではありません。

現場で求められるのは、その現場に必要な品質を、必要な範囲で、きちんと納めることです。

過剰な技能よりも、その現場に必要な判断ができること。ここがかなり大事です。

 

どこまで壊すのか。どこまで残すのか。どこを応急にするのか。どこはちゃんとやり直すべきなのか。どの材料なら納まるのか。どの順番で進めれば、住んでいる人に負担が少ないのか。今この家に、どこまでお金をかけるべきなのか。

こういう判断は、ひとつの職種だけ見ていても身につきにくいです。

 

住宅リフォームという領域全体を見ているから分かることがあります。

だから、多能工が単能工より浅い、という見方はかなり雑だと思っています。

 

多能工として20年住宅リフォームをやってきた職人が貼るクロスと、クロス屋として3年目の職人が貼るクロス。どちらが本職らしい仕事をするのかは、職種名だけでは判断できません。

もちろん、専門職として長く積み上げてきた人の技術には、簡単には届かない領域があります。そこは間違いありません。

 

ただ、住宅リフォームで求められる本職性は、技術の深さだけでは決まりません。

領域を見られるか。関係性を見られるか。最後まで納められるか。

そこまで含めて考える必要があります。

 

【現場は、バトンで完成していく】

 

現場は、一人の仕事だけで完成するわけではありません。

単能工であっても、多能工であっても、そこは同じです。

大事なのは、施工のバトンがスムーズに渡っていくことです。

 

たとえば、洗面所のリフォームでもそうです。

解体をして、下地を確認する。必要なら大工が下地を直す。給水、給湯、排水の位置を設備側で調整する。電源が必要なら電気工事をする。壁や床の下地を整える。クロスや床材を仕上げる。最後に洗面台を据えて、給排水を接続して、使える状態にする。

 

一見すると、それぞれ別々の作業に見えます。でも実際には、全部つながっています。

下地の位置が分かっていなければ、洗面台がしっかり固定できない。給排水の位置が合っていなければ、商品が納まらない。電源の位置を考えていなければ、使い勝手が悪くなる。床や壁の仕上げの厚みを見ていなければ、見切りや納まりが合わない。

 

ひとつの工程で少しズレたものは、次の工程にそのまま渡されます。

そのズレを次の職人が無理に吸収する。さらにその次の職人が、別のところで辻褄を合わせる。

そうやって皺寄せが積み重なっていくと、最終的には誰か一人が責任を負えるような問題ではなくなります。

 

しかも現場には、予算も工期もあります。

材料の手配もある。お客さんの生活もある。住みながら工事していることもある。

だから、簡単に「じゃあやり直しましょう」とは言えません。

 

現場は、各工程がバラバラに良ければ完成するわけではありません。

前の工程が次の工程を考えていること。次の工程が前の工程の意図を受け取れること。全体を見て、どこで何を整えるべきか判断できること。

そういうバトンの渡し方が、現場全体の出来を大きく左右します。

 

ただ、本来で言えば、このバトン全体を見ている人が必要です。

施工だけではなく、設計、段取り、材料、予算、工期、お客さんへの説明。

それらを全部理解した上で、誰に何を頼み、どの順番で進め、どこで何を判断するのかを統括できる人です。

 

今で言えば、現場監督や施工管理者に近い立場です。

本来なら、その人が現場全体の流れを見て、各職人の仕事が噛み合うように調整する必要があります。

 

でも実際の現場では、そこまで見られる現場監督はなかなかいません。

これは、現場監督個人の能力だけの問題ではないと思っています。現場そのものが細かく分業化されすぎていて、監督自身も全体を一通り経験する機会が少なくなっているからです。

 

大工の納まりも、設備の逃げも、電気の配線も、内装の仕上げも、既存住宅の歪みも、住みながら工事する段取りも、全部を身体感覚として理解するには、かなりの経験が必要です。

でも今の仕組みでは、監督も図面、工程、発注、連絡、クレーム対応、書類、予算管理に追われやすい。

現場の細かい納まりや、次工程への皺寄せまで見切れないことも多いと思います。

 

だからこそ、職人側にも前後工程を見る力が必要になります。

自分の作業だけを終わらせるのではなく、その仕事が次にどう渡されるのかを見る。そして、現場全体として納まらないと思ったら、職人側からも止める、確認する、提案する。

そういう動きがないと、住宅リフォームの現場はうまく回らないことがあります。

 

だから、単能工か多能工かだけを見ても足りないのだと思います。

単能工であっても、次の職種の仕事を理解している人は強い。多能工であっても、全体の流れを見ずに自分の作業だけで終わってしまえば意味がない。

大事なのは、自分の仕事が次にどうつながるのかを見ているかどうかです。

住宅リフォームでは、その視点がかなり大事になります。

 

【結局、どちらが正しいという話ではない】

 

ここまで書いてきて思うのは、結局、どちらか一つが正しいという話ではないということです。

多能工も必要です。単能工も必要です。

一人で広く見る力が必要な現場もある。専門職を集めて、それぞれの力を借りないと納まらない現場もある。

 

大事なのは、多能工か単能工かの二択ではなく、その現場に必要な力をどう組み合わせるかだと思っています。

そして、その組み合わせを現場として成立させるには、全体を見て判断する人が必要です。

ただ職人を集めれば、自然に現場が納まるわけではありません。

それぞれの仕事がどうつながるのか。どこで判断が必要なのか。何を優先し、何を調整するのか。

そういう全体の流れを見て、一つの仕事として納める視点が必要になります。

 

多能工でいくか、単能工でいくか。

これは単なる働き方の好みではなくなってきています。でも、どちらか一方を選べばいいという単純な話でもありません。

単能工として深く掘るなら、自分の専門性が現場全体の中でどう活きるのかを見る必要がある。

多能工として広く見るなら、自分が何でもできるわけではないことを分かって、必要なところは専門職に頼む必要がある。

 

結局、どちらにも必要なのは、自分の仕事が他の仕事や現場全体とどうつながっているのかを見ることなんだと思います。

その中で自分は、住宅リフォームという領域を本職として、関係性を見て、現場全体を扱える職人でありたい。

今のところ、自分はそう考えています。