手と思想の職人録 (noteでも読めますhttps://note.com/kurashikku_work)

2026-03-21 18:13:00

「あまり」という活動について、

 

これまで、リアルや経緯みたいなものは、あまり書いてきませんでした。

 

ホームページもあるし、インスタもあるし、
どこかで、もう伝わってるんじゃないかって、
少し安心していたのかもしれません。

 

でも、

 

やっぱりそれだけだと、
どうしても「良い部分」だけが見える形になるなと感じています。

 

実際は、そんなに綺麗なことだけではなくて、

 

あまりは、自然にできた場所でもありません。

 

僕の中にずっとあった、
なんとなくの違和感とか、不足みたいなものから始まっています。

 

家族で自然に触れながら過ごせる場所。

遊べて、学べて、体験できて、
なんかこう、心が豊かになるような場所。

 

そういうのが欲しいなと思っていました。

 

でも同時に、

 

それは自分には用意できないものだとも思っていて、
どこかで諦めていたところもありました。

 

そんな中で、

 

同じような感覚を持った人と出会いました。

 

そのときに初めて、

 

一人じゃ無理でも、
誰かとなら、もしかしたらできるかもしれないと思ったんです。

 

資金はゼロでした。

時間も、かなり無理をしないと作れない。

正直、リスクしかないような状況でした。

 

でも、

 

動かないという選択はなかったです。

 

時間って、自分にとってはほとんど命みたいなものなので、
そこで止まることはできませんでした。

 

夢中で物件を探して、
事業計画を立ててプレゼンして、
やっと融資が通って、

 

なんとか手に入れました。

 

そこからは、

 

綺麗事とか理想通り、みたいな感じでは全然なくて、

 

収益化もできていないまま、
身銭を切って、何年も自分たちの負担で維持しています。

 

正直に言うと、

簡単ではないです。

 

むしろ、続けていくほど難しいなと感じることの方が多いです。

 

それでも続けているのは、

 

ここでしか得られないものがあるなと、
やっていて感じているからです。

 

出会いだったり、体験だったり、
うまく言葉にできない余白みたいなものだったり。

 

最初は、完全に自分のために手に入れた場所でした。

 

でも続けていくうちに、

 

同じように、
何かを内に抱えたまま、
諦めている人もいるんじゃないかと思うようになりました。

 

きっかけさえあれば、
誰かと一緒なら動ける人もいるんじゃないかと。

 

だから、まずは身近な人から、
少しずつ声をかけてきました。

 

よく、

 

「古民家再生をやっているんですか?」と聞かれます。

 

僕自身も、そう説明してしまうことがあります。

 

その方がわかりやすいからです。

 

でも正確には、
少し違うというか、
たぶん全然違う気がしています。

 

あまりは、

 

古民家を再生することが目的の場所ではありません。

 

何かを作れる人が集まる場所でもないし、
技術や知識を持っている人が主役になる場所でもありません。

 

もちろん、そういう人たちが来てくれることは多いです。

 

でも、

 

ここで大事にしているのは、
そういうことではなくて、

 

それぞれが持っている、これまでの体験とか感覚です。

 

それは、

 

良いとか悪いとか、
優れているとか劣っているとかではなくて、

 

全部同じ価値だと思っています。

 

同じ人生って一つもないので、

 

その差が、どんなに小さくても、
そこにしかないものがあると思っています。

 

何も持っていない、と思っている感覚も、
ここではそのまま価値になります。

 

自分と同じ背中と、違う背中。

その両方があって、初めて見えるものがあると思っています。

 

僕が「共育」と呼んでいるのは、そういう状態のことです。

 

だから、

 

あまりは、
何かをできる人が集まる場所ではなくて、

 

それぞれがそのままで関わる場所です。

 

ただ、

 

ここにはまだ問題もあります。

 

あまりは、サービスでもボランティアでもありません。

 

本来は、

 

まだ形になっていない何かを持った人たちが集まって、
一緒に支え合いながらつくっていく場所です。

 

でも今は、

 

僕たちが場を用意して、
体験として提供している形に留まっています。

 

それは、

 

ちゃんと説明できていなかったからだと思っています。

 

本当は、

 

「自分もやりたい」
「一人じゃ無理だけど、仲間がいるならやりたい」

 

そう思った人たちが、
自分の意思で関わる場所にしたい。

 

そういう人たちと一緒に、
つくっていきたいと思っています。

 

あまりは、綺麗に整えられた場所ではなくて、
まだ途中にある場所です。

 

この場所で実際に何が起きているのか。
リアル現場の話についてはまた書こうと思います。