手と思想の職人録
前編で、ゾーンの話を書きました。
身体が別の次元に入る感覚。
解像度が上がるとか、処理が変わるとか、
そういう説明もできるけど、
正直うまく言えません。
ただ、明らかにいつもとは違う。
僕はたぶん、昔からアスリート気質でした。
限界までやってみたい。
どこまでいけるのか知りたい。
スポーツで初めてゾーンに入ったとき、
人間って、こんな出力があるんだ、と驚きました。
それと同時に、
無いと思っていた別の次元があることを知りました。
この世界には、表面に見えている設定とは別の層があって、
その瞬間、世界の設定が少し書き換えられた感覚がありました。
ああ、こんな仕組みだったのかもしれない、と。
普段はどこかでブレーキがかかっている感じがあるのに、
そのときだけは、それが外れる。
外れるというより、
本来あるものが解放される感じ。
それが、職人も、同じだった。
これが本当に面白かった。
職人も、こんな世界なのか、と。
ゾーンは、特別な才能の話ではないと思っています。
僕の経験では、必ず積み重ねの先にある。
うまくいかない時間。
苦手だなと思いながらやる作業。
思うように動かない身体。
正直、もういいかな、と思うこともある。
でもやる。
やるしかないからやる、というより、
たぶん、やめられないからやる。
そして、溜めも、合図もない。
本当にない。
何かが高まっていく感じもないし、
「そろそろ来るかも」なんてこともない。
ただ、手を動かしている。
ずっとその延長。
で、気づいたら、もう越えている。
あれ?と思う間もなく、
上書きされている。
前の自分が、少し消えている。
一度上書きされると、
もう前には戻れない。
できない世界には、戻れない。
身体はもうわかっている。
それまでの苦しさが、
急に意味を持ち始める。
あの時間がなければ、
ここには来られなかったんだな、と。
だから僕は、
遠回りとか、無駄とか、
あまり簡単には言えない。
それは無駄ではなく、未来への投資であり、
やがて共有の財産になるものだと思っています。
自分のためだけじゃない。
上書きされた自分は、
次の現場で誰かの役に立つ。
職人が少ないと言われる時代に、
一人でも確実に積み上がっていく。
そのほうが、結果的に、全員の利益になる。
うまく説明できないけど、
そう思っています。
苦しさの延長に、
別の次元がある。
そしてそこは、思っているより面白い。
もしかすると、この構造は仕事だけの話ではないのかもしれません。
また少し、考えてみたいと思います
