手と思想の職人録
ゾーンを体験してから、
世界の見え方が少し変わりました。
変わったというより、上書きされた。
それまで「あり得ない」と思っていたことが、
あり得るのかもしれない、に変わった。
というか、
自分が知らなかっただけなんじゃないか、と思うようになった。
知らないときに見ていた世界と、
知ってしまったあとの世界は、
もう同じではない。
そう考えると、
「現実」って何なんだろうと思うようになりました。
振り返ってみると、
自分が信じて疑わなかったことを、
今は信じていない、ということがいくつもあります。
こうだと決めつけていたことを、
今では真逆の意見で見ていることもある。
そのたびに、
あのときの自分は間違っていたのか、と考えるけれど、
たぶん違う。
そのときは、その世界で生きていただけ。
知っていることが変われば、
見えている世界も変わる。
そういうことなんだと思います。
ゾーン体験と重なって、
少しずつ世界観が変わっていきました。
真実とか、
事実とか、
信念とか、
一貫性とか、
正しいとか間違っているとか。
そういう揺るがないものがあると思っていたけれど、
本当にそうなんだろうか、と。
むしろ、
固定されて動かないものの方が
不自然なんじゃないか。
リアルじゃないんじゃないか。
それぞれが振れ幅を持った不安定なもののほうが、
自然なんじゃないか。
そう思うようになっていきました。
まず最初に変わったのは、自分でした。
自分が不安定であることを、
否定しなくなった。
考えが変わることも、
揺れることも、
信じていたものが書き換わることも、
自然なことなんだと。
そう思えたとき、
少し楽になりました。
そこから、他人の見え方も変わっていきました。
その人が見ている世界は、
自分とは違うかもしれない。
知っていることが違えば、
感じている現実も違う。
だったら、
正しさを押し付けるのは、
ちょっと乱暴かもしれない。
そして、それは社会にも広がっていきました。
自分と他人が同じ構造なら、
その集合体である社会も同じ構造のはず。
常識やルールや価値観も、
固定された絶対ではないのかもしれない。
全部、
触れ幅を持った不安定なもの。
そう思えるようになってから、
生き方が少し柔らかくなりました。
ただ、一つだけ。
自分が不安定であることを認めた瞬間、
少しだけ不安もありました。
信念や軸が、
一瞬で書き換わることもあるということになる。
じゃあ自分って何なんだろう。
どんな人間なんだろう。
その疑問が、
ふと浮かびました。
この話は、
もう少し続きがあります。
たぶんここが、
次の話の入り口です。
