手と思想の職人録 (noteでも読めますhttps://note.com/kurashikku_work)
前編では、多能工という働き方について書きました。
現場を途中で手放さないこと。
分けないこと。
自分ごととして受け取ること。
その奥にある考えについて、もう少し書いてみます。
手戻りや遠回りは、
世間では効率の悪さとして扱われがちです。
最短距離で終わらせること。
無駄なく進めること。
時間をかけないこと。
それが良しとされる空気があります。
わかります。でも僕には違和感があります。
効率の名のもとに、人の重みを奪いたくありません。
失敗や立ち止まり、
やり直しや遠回り。
それは、その人の人生にとって必要な重みだと思っています。
現場も同じです。
依頼する側と受ける側。
プロと素人。
お金を払う側と受け取る側。
その役割で向き合った瞬間、
関係は機能的になります。
でも、機能的であることと、
人と人であることは、同じではない。
僕はできれば、
仕事の関係であっても、人と人でいたい。
生涯付き合っていくかもしれない関係として、
現場に立ちたいのです。
その前提に立つと、
現場は作業の場ではなく、成長の場になります。
僕は成長を諦めません。
好きなことに夢中でいるだけなのですが、
その結果として、技術は磨かれ、判断は深まり、経験は積み重なります。
それは僕のためだけではありません。
目の前のお客さんの安心につながりますし、
職人不足と言われるこの社会にとっても、
確実に意味のある積み重ねになるはずです。
だからこそ、試行錯誤や遠回りを、
単なる無駄として扱いたくない。
それは無駄ではなく、未来への投資であり、やがて共有の財産になるものだと思っています。
このスタンスを、実際の現場で許容することは簡単ではないと思います。
でもその姿勢を実践し続けることが、
僕にとっての共育であり、
一人の職人としての責任だと考えています。
