手と思想の職人録

2026-02-24 18:31:00

多能工という言葉は、「なんでもできる人」という意味で使われることが多いです。

大工もやる。
電気も触る。
水道も直す。
内装も仕上げる。

たしかに間違ってはいません。

でも、僕の中では少し違います。

多能工とは、現場を途中で手放さないことだと思っています。

誰かの工程に受け渡して終わりではなく、誰かの後始末をする前提でもなく、最初から最後まで、自分の手で触れていく。

そのほうが、気持ちが楽だからです。

身体は大変でも、責任の所在がはっきりしているほうが、心は静かでいられます。

床を直していると、壁の歪みに気づく。
配線を触っていると、家の増改築の歴史が見えてくる。
水道の詰まりを直していると、暮らしの癖が見えてくる。

分業では、そこまで踏み込まなくても済みます。

でも僕は、踏み込んでしまうのです。

「そこが見えてしまったからには、やるか」

その繰り返しで、今の働き方になりました。

分けられると、どこか落ち着かない。
途中で終わると、少し引っかかる。

それは感情的なこだわりでもありますが、同時に、自分なりの理屈でもあります。

住まいは、部品の集合ではなく、時間と暮らしの重なりだからです。

だから僕は、なるべく分けません。

木に触れ、
水に触れ、
電気に触れ、
埃に触れる。

全部がつながっている感覚の中で、仕事をしていたいのです。

一人で完結するというのは、孤立することではありません。

「この家のことを、自分ごととして受け取る」

という姿勢のことだと思っています。

この働き方は、効率の話だけではありません。

その奥には、もう少し別の考えがあります。

それについては、後編で書いてみたいと思います。